すなお すなおになりたいの。 ずっと、ずっと、思っている事。 ねえ、アキラ。 スキ、と告げて、倖せになりたいの。 「やっと解放されましたね。 紗瀬 、これからどうします? 帰りますか?」 今日はアキラとゆやの誕生日。学校帰りに皆でお祝いをした。派手に騒いだ後、帰る方向が同じである私とアキラは、駅へと向かっている。 ゆやは、上手く狂と二人になれたのかな…。 アキラは疲れた顔ひとつ見せず、いつになく、笑顔だ。 ううん、アキラのデフォルトは、対外的には笑顔なのだけど。 嘘も混じり気もない、笑み。 それですら、私の鼓動を狂わせるのには、充分すぎるほどの破壊力を持っている。 もっと側に居たかった。 「うーん、ケーキ食べたい」 「は? さっき食べたでしょう」 そう、皆と一緒に食べた。大きな苺の乗ったケーキは、大層おいしかった。 「でも、食べたい。ねえ、お茶しましょ?」 私は、アキラの手を引いて歩き出す。 初めて触った訳でもないけれど、アキラの手に触れるのは、とてもドキドキした。大きくて、皮の硬い手。少し、温かった。 「しょうがない。付き合いましょう。どこまで行くんです?」 承諾を得て、私はアキラの手を離した。その離した手で、行き先を示す。 「あっちにね、美味しいお店があるの。店内でも食べられるのよ。あ、でも、空いていたらテラスで食べたいな」 「ま、今日は暖かい事ですし、それも良いかも知れませんね」 「でしょ?」 放課後、学校近くの本屋に寄ったり、少しだけ駅前の雑貨屋に寄ったりと、二人だけで過ごした事は、ある。 けれど、殆どは、二人切りになれた事はない。 悲しき哉、アキラは狂が居ると、一目散に彼に付いて行くし、その他の面子にも、何だか邪魔をされている気がしてならなかった。 彼の誕生日という特別な日に、こうして二人だけの時間が持てた事は、とてつもないチャンスだと思えた。 「行こ!」 私が先行して歩き出すと、アキラに止められる。 鞄を両手で持たなくて、良かった。 「急ぐとまた転びますよ」 「…転ばないよう」 「どうだか」 言われた事には納得し難いのだけれど、アキラの優しい力加減が嬉しくて、私はちょっとだけ繋がっている手を握り返した。 「迷子になられたら、厄介ですしね」 「もうなりません」 前科は、確かにあるけどさ! 「迷っても、私、ちゃんとアキラを見つけるもん」 「私も、ちゃんと 紗瀬 を見つけますよ」 「出来る?」 「出来ますよ。 紗瀬 はそれはそれは派手に転びますからね」 「転ばないっつの!」 いつも通りの軽口の応酬ですら、ずっと続いて欲しい。 アキラ。 アキラ。 「アキラ、この辺にはまだ、とっても美味しいスイーツのお店は沢山あるのよ。私は結構知っている方だと思うけど、アキラはどう?」 「いえ、私は余り…」 アキラは幾分か困ったように頭を巡らせた。 「アキラも結構甘いものイケるでしょ? ねえ、また今度、学校の帰りに来よう? 他にもチーズケーキ専門店とかあって、すっごく美味しいの」 努めて軽い口調になるよう、脳へ命令を送る。 「…一緒に行きたいな」 言えた。多分、成功。普段の口調と何ら変わりなく。 クスリと笑みを零したアキラは、少しだけ顔を私に向ける。睫毛の縁取りも、判る距離。掌からは、大きく跳ねた心臓の音は伝わらない。 「 紗瀬 は食べる事ばかりですね」 「うん、食べるのスキだもん」 アキラも好きよ。 「良いですよ。貴女が食べ過ぎてしまわないように、付いていてあげましょう」 「お母さんじゃないんだからー」 唇を尖らせて反論しても、アキラは取り合ってくれなかった。 不満だった。でも、笑いを含んだ声が続けた言葉に、大層驚いた。 「明日にでも、行きましょうか」 あれ、早速約束が出来てしまった。 いや、嬉しいけど。 「うん。…うん、約束ねッ!」 そう言ってから、ようやく実感出来た。 「良かった。私、あんまりアキラと一緒に遊んだ事ないんだもん。大抵皆一緒でしょう? 皆と一緒なのも、良いのだけどー」 「そうでしたっけ?」 「うん。灯ちゃんはもとより、梵ちゃんとも遊ぶよー。あ、でも、ほたるちゃんが一番多いかも」 「…それは初耳ですね」 「そう?」 「ええ。休みの日もほたると会う訳ですか?」 「うん。遊んでくれるよ」 休日にアキラ達と皆で集まった事はある。四人以上で集まるのが、常。その中に、アキラが居ない事はままあった。 「二人で?」 「あー…。うん、あったあった」 「あのものぐさが…」 アキラがぼそりと呟いた。 うん、そのものぐさが、結構遊んでくれるのだ。割りと楽しく過ごしている。アキラとほど会話は多くないけれど、楽しい事は確か。 「 紗瀬 、これから暫くは毎日、この辺りの店を回りましょう。絶対回りましょう」 「い、いいけど、お、お金もつかな…」 お金の心配をしつつも、アキラが妬いているのかも、と思うと顔がにやけてしまう。 「何を笑っているのですか」 「えへ」 星のない空でも、いい。 月が雲に隠れていても、平気。 雑踏の中ではぐれてしまっても、私はこの人の元へ帰ろう。 「アキラと一緒なら、ま、いっか、って思っただけ」 アキラは歩みを止めた。 「私、アキラ好きだもん。お金なくなっても、食べ物屋さんじゃなくっても、お店見て回るだけだって、きっと楽しいよ」 想像しただけで、楽しい。 本当に叶ったら、どれだけ楽しいのだろう。 きっと、夢見心地になるのかな。いや、それはもう、既に今なっているか…。 だから、言えた。 「…そうですね。きっと」 「うっそ。…アキラが好きってところには、反応してくれないの? スルー?」 拗ねて、そっぽを向いてやる。 「まあ、私も 紗瀬 が好きですからね。本当は、何だって良いんですよ。 紗瀬 と二人で居られるのなら…」 声は小さかったけど、ちゃんと聞こえた。 アキラは照れ臭そうだったけど、それは私も一緒だ。 「えへ。嬉しい。二人だけで、アキラのお誕生日お祝いし直そう!」 早く早く、と私はアキラを急かした。 一緒に歩いているこの時間も、とても愛おしく感じる。 「ゆっくり歩いていたいんだけど、閉店あと三十分近いの。店内で食べられなくなっちゃうよ!」 「そういう事は早くいいなさい。まったく、もう!」 ちゃんとラスト・オーダの時間には間に合って、ケーキセットを頼んだ。 テラス席に座って、少し薄暗い中、アキラを見つめた。 「アキラ、お誕生日おめでとう!」 「ありがとうございます」 これからは、こうやって、向かいで見つめ合ったり出来るんだ。 思う存分、アキラの隣で肩にもたれたり? 手だって、ずっとでも繋いでいたいし。 ぎゅって、抱き締めて欲しいなあ。 それ、ちゃんと言えるポジションには立てた訳だ。 黙っていてもしてくれるかも知れない。 でも、素直に言えたら良いな。 して欲しい事も。 アキラが一番大好きだよって、事もね。
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